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福島第一原発視察報告

2016.11.02 Wed

10月21日、千葉商工会議所工業部会主催の研修で、参加者13名と共同通信社の記者の方々と、福島第一原発に視察に行ってきました。

予習として、福島第一原発で作業員として働き、その様子を漫画で描いた「いちえふ」を読んでいきました。
「いちえふ」とは、地元の人や現場作業員が使っている第一原発の呼び名です。
漫画でも「いちえふ」に向かう最初の場所として描かれている「Jヴィレッジ」に最初に行き、そこで30分ほどレクチャーを受けてから出発します。
万が一汚染されてしまうと、原発の外に持ち出せなくなるということで、貴重品や時計、アクセサリー、カメラや携帯電話は、Jヴィレッジに置いていき、持ち込んでいいのは、メモ用紙やペンくらいで、身一つで入ります。
防護服や防毒マスクはもうしなくていいとのことで、普通のマスクもなしでバスに乗りました。
Jヴィレッジ1
Jヴィレッジ2
Jヴィレッジ3

バスの中で、案内の東電の方が線量計を持っていましたが、私が持っているものとは桁が違い、放射線量の高いところを測るものでした。
持参した線量計は0.3マイクロシーベルトで警告音が鳴るもので、自宅の雨どいの所などは0.25マイクロシーベルトくらいあったのを思い出しました。
しかし、今回はバスの中でもすでに2マイクロシーベルトくらいあり、ドキドキしていたのですが、原発に入る前の国道6号の交差点で、8マイクロシーベルトということで、原発内はどうなることかとまたまたドキドキしました。
原発の中は当然ですが、いたるところに線量計があり、それが太陽光パネルで動いているという、発電出来なくなった発電所の電気に自然エネルギーが使われているなんて…
原発の入退管理棟のある付近は、1マイクロシーベルトくらいで、短時間でなんとなく数字に慣れてきました。作業員の人たちも、そのくらいの線量ではマスクを付けているだけの軽装備です。

いよいよ中へ、本人確認、金属探知機を通り、IDカードとパスワードを入れてゲートがあき、個人の線量計が渡されます。
装備は靴カバーと手袋のみ。
見学用のバスに乗り込み、まずは一号機から四号機まで見渡せる高台に行きました。原発内は「ふれあい通り」とか「大熊通り」とか名前が付いている道があり、信号機もあります。消防署や救命救急センターもあるし、おまわりさんもたくさんいます。
今年から、7000人くらい働いている作業員の人たちが利用できるように、5階建ての食堂やシャワールームがある施設が出来上がり、ローソンも入っているそうです。
原発内の最初の印象は、そこが1つの街のように見えること。作業員の人を乗せてくる大型バスが何台も止まっているため、言葉はおかしいかもしれないですが、テーマパークのようで、まるで「東京電力ランド」
汚染されてしまい、原発の外に出せなくなった車はナンバープレートをはずして、構内専用として使われています。そのための整備工場やガソリンスタンドもありました。
原発内で完結しなければならないため、いろいろなものが揃っているなという印象でしたが、ここまでくるには大変な道のりだったことはよく分かりました。

見学のメインは、爆発を起こした三号機の真下。
外の線量計は、200マイクロシーベルト。バスの中でも少し低いくらいですが、それでも外で作業している作業員たちがいました。
今まだ残る瓦礫を除去して、建屋の中に残っている使用済み核燃料を取り出すための土台を作っているところでした。
一号機から四号機までを数分間で通り過ぎ、外部電源を失わなかった五号機と六号機を見て、約一時間の見学コースは終了しました。

廃炉に向けて、40年から50年かかると言われています。
日本の名だたる企業約40社が世界初の廃炉に取り組んでいました。
危険な作業を伴う廃炉にかかる費用負担は、消費地の消費者である私達にも責任があるかもしれないと考えさせられた見学となりました。
組田香織
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日産いわき工場へ

2016.10.26 Wed

10月20日、21日と千葉商工会議所工業部会の視察研修に参加してきました。

一日目は、福島県小名浜漁港からも割と近い場所にある日産いわき工場。
ここは、車の心臓部であるエンジンを作っています。
震災の津波は免れたそうですが、激しい揺れが5分以上続き、工場内部は大きく破損してしまいました。
震災後すぐにゴーン社長も来て、工場の再建に奔走したそうです。
30億円をかけて、壊れたところを直したり、地盤や建物の強化を行ったそうですか、直せなかったところは今も傾いたままになっていました。

工場内部は撮影出来ませんでしたが、時代の移り変わりがわかる見学コースになっていました。
まず最初に見せて頂いたのは、20年くらい前の大量生産時代のライン。
同じ部品を大量に流せますが、1ヶ所壊れると全部のラインが止まります。
今のラインは、同じラインが2つあり、1つが壊れても大丈夫で、多品種少量生産が出来るような作りになっています。
日本で日産の車を買う場合は、販売店でお客様から注文を受けてからエンジンを作るそうです。
いわき工場では、お客様が自分で買う予定の車のエンジンに名前を入れるサービスも行っているそうです。
受注生産をするのは、作りおきをしないことと在庫を持たないからで、1つのエンジンが出来るまでは四時間、一台の車が出来るのは24時間で、生鮮品のような感じでした。
エンジンは形も人の心臓に似ていて、最終ラインは人がチェックしていくラインです。
1つの動作が0.1秒と決められていて、1ミクロンの単位まで追究するということで、グローバル企業はそのわずかな競争を勝ち抜いてきたのだと感じました。
700人くらいいる従業員は、ぼぼいわきの人たちで、20人くらいは聴覚障害者、外国籍の人もたくさん働いているそうです。

組田香織

日産1
日産2

関東資源回収組合連合会青年部千葉県大会に出席

2016.09.28 Wed

今月、大会の特別記念講演として、スズトクホールディングス株式会社相談役の伊藤清氏をお呼びして、「業に生きる」と題して、経営者としての心構えについてお話しを聞く機会がありました。

スズトクホールディングスは、創業112年で、様々な会社をグループに持つ日本でも有数のリサイクルメジャー企業です。
千葉市にもスズトクホールディングス傘下の中田屋さんがあります。
その中田屋に入社し、工場長になり、取締役から社長になり、その後グループ全体の社長になった伊藤さんの、徹底して業に生きた半生からくる言葉は、とても響くものがありました。

「信頼される経営」
信頼されるには、相手を信頼することから始める。

「現場の経営」
利益は現場の働きで、稼ぎ高が左右される。
判断基準は、現場最優先で行う。

「透明な経営」
誰にも恥じない行動が企業ブランドを決定する。
企業ブランドとは、社長の人間力である。
その結果が、儲けを実現させてくれて、社員一同で心栄えのする会社になっていく。

経営者にとって一番大事なことは、「現場の汗の匂いのありがたさ」を感じることだ。

現場を大切にしてきた伊藤さんの語録が講演の資料として配付され、今一度じっくり読みたいと思っています。
関資連1

関資連2

関資連3
組田香織

理念型経営の就業規則

2016.03.02 Wed

「理念型経営」
この言葉は、中小企業家同友会に入会して初めて知った言葉でした。
その言葉は、同友会の魅力を表す言葉でもあります。

「理念型経営」とは何かと考えるとき、その対極にある「ワンマン型経営」や「場当たり的経営」「成り行き経営」をイメージするとわかりやすいのではないかと説明されていたのは、とても的を得たものでした。
また就業規則においても、「経営理念を実現するために希望を持って働ける規則」という、「日本国憲法」のような従業員主権に基づいたものという発想が、目から鱗でした。
日本国憲法に前文があるように、就業規則にも前文を入れるというのは、それを読む従業員へ向けての思いが感じられ、会社の一体感が生まれる感じがしました。

労基署に届けなければならないから作るのではなく、主体的に自分たちの規則を作る、経営理念を実現するための規則を作る。そのような規則ならば、本当に生きた規則になると思いました。

組田 香織

経営指針の実践

2016.02.29 Mon

セミナーで報告をしたパネリストそれぞれに共通するのは、それぞれの会社にドラマがあり、セミナーの受講をきっかけに変わっていったということでした。
変わるきっかけになった講座を、報告の中で詳細に語っていたので、後で振り返ってみたときに、私にもターニングポイントとなる講座が必ずあるのだろうと感じました。
受講している最中は、どの時点で自分自身が変わっていったのかわからない状態ですが、1講1講が貴重な時間なのだということを再確認できました。

また、経営指針を作り出す「生みの苦しみ」を経なければ、いいものにならないし、さらに育てる(実践する)ことを怠っていては、「絵に描いた餅」になりかねません。
これまでの講座で、毎回毎回悩み、もがきながら作ってきて、やっと少しずつ形になってきました。
大事なのは「その先」であり、「実践」して初めて経営理念が生きてくるということもわかりました。

このセミナー受講のきっかけは、私自身の成長と、経営者としての覚悟や哲学を学びたいと思ったからです。
会社の問題、家族の問題、夫婦の問題、大きなうねりがこのセミナー受講と同時並行に起こりました。
それは、経営理念を作る過程で見えてきたものがあったから顕在化したのか。
経営指針を成文化することは、私自身の「自立」、それから「自律」へ向かう大きなステップになったと感じています。

組田 香織
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